全国高等学校演劇大会に初出場 岐阜県立加納高校演劇部

メンバーの「夏の思い出」から生まれた、つながりの尊さを描く群像劇『彼(か)の子、朝(あした)を知る。』

(2017年6月取材)

きらり合同公演リハーサル
きらり合同公演リハーサル

全国高等学校総合文化祭(総文祭)の演劇部門は、高校演劇の最高峰の舞台「全国高等学校演劇大会」を兼ねています。全国約2100校が参加する地方予選から選ばれた、8ブロックの代表12校が出場し、国立劇場公演を目指します。今回みらいぶが訪ねたのは、岐阜県立加納高校。創部69年目にして、初めての全国大会出場です。

 

基礎練習のストレッチ。ゆっくりした動きですが、正しい姿勢をとるとかなりハード
基礎練習のストレッチ。ゆっくりした動きですが、正しい姿勢をとるとかなりハード

加納高校には普通科と美術科、音楽科があります。演劇部の部員は41人。校内で唯一、全学科の生徒が在籍している部活です。ただその分、全員が揃って練習できる時間は多くありません。特に美術科の授業は、平日は朝7時半から夕方18時まで、土曜日は丸一日デッサンの実習で拘束されます。音楽科も日々レッスンに追われていますし、進学校であるため普通科の勉強もたいへんです。

 

みらいぶが訪問した日も、全員が揃ったのは18時過ぎ。それまでは、バスケット部やバトミントン部が練習する体育館の舞台上で、ストレッチや歩き方などの基礎練習、数人ずつ集まってのセリフ合わせが行われていました。

 

全国大会の演目『彼(か)の子、朝(あした)を知る。』は、現在の3年生のメンバー全員が議論を重ねて作ったオリジナル作品で、戦争を知らない高校生が当時を追体験し、その延長線上にある現代について考える群像劇です。メンバーそれぞれが「夏」の思い出をたくさん出していき、それを当時の顧問の先生が脚本にまとめ、練習や公演を通して磨き上げていきました。

 

『彼の子、朝を知る。』ストーリー

きらり合同公演リハーサル
きらり合同公演リハーサル

幕が上がると、舞台の中央には大きな櫓(やぐら)が立っています。

「万里子」という娘が目を覚まさないでいます。そこに「梢」がやってきて、新しい朝の訪れを告げます。

「タニハル」「ののの」「ちーさん」という3人の少女が集まってきて、他愛ないおしゃべりを始めます。遠くに花火の音が聞こえます。「長月」は友達の「モンロー」と花火大会に行くことにします。

 

実は、舞台の上では2つの時代が交錯しています。万里子は夫が戦争に出征した若い妻です。夫はもう戦死しているのですが、万里子はそのことをまだ受け入れることができず、夫の帰りを待ち続けています。一方、タニハルたちは現代の高校生。そして、長月は万里子のひ孫にあたるのです。

 

タニハルたち3人組は、コロコロと話題を変えるうちに、やがて先祖の話になっていきます。先祖の写真を持ち寄って互いに紹介していく中で、それぞれが気付かなった「つながり」が明らかになっていきます。そして音だけ聞こえる遠い花火は、いつか戦争の爆撃音につながっていきます。そこから連想する戦争の恐怖は、戦時中を生きた先祖たちからずっと繋がる「血の記憶」でもあるのです。

 

舞台の幕切れで、長月は亡き曾祖母の万里子を想いながら遠い花火を見ています。そして万里子は、長月の幸せを願っています。。。

 

この劇のテーマは「繋(つな)がり」です。母と子。家族。友達。過去と未来。そして、この劇に大きな影響を与えたのが、2015年11月にパリで起きた同時多発テロでした。当時の2年生の美術科の生徒たちは、研修旅行で訪れたパリのホテルにいました。彼らは無事に帰国しましたが、テロの死者は130名、負傷者は300名以上を数えました。

 

その時1年生だった今回の中心メンバーたちは、先輩たちのことを心底心配し、いたましい事件の報道に胸を痛めましたが、正直なところ「人が死ぬ」という感覚は、まだどこか遠いものだったと言います。

 

しかし、『彼の子』を作り、演じることを通してメンバーたちの意識は少しずつ変わっていきました。当たり前にやってくるはずの「新しい朝」を突然断ち切られた万里子の姿は、テロに倒れた人たちやその家族に重なります。平和なはずの現代にも、戦争と同様に「死」と背中合わせのものが潜んでいる。だからこそ、友達や家族、先祖、仲間たちなど、様々な人と人との繋がりのあたたかさを、観ている人に感じ取ってもらいたい、と。

 

長月たちが見に行く長良川花火大会は、終戦の翌年の夏から始まり、今年が72回目。楽しい夏の象徴である花火の音に、『彼の子』は忘れてはならないもう一つの夏の記憶を呼び覚まさせます。

  

一人ひとりの個性を活かし、基礎練習を積み上げて皆で勝ち取った全国大会の舞台

強豪揃いの中部ブロックから全国大会初出場を決めた加納高校。様々な個性を持つメンバーをまとめた部長に聞きました。

 

○水谷春野さん(3年:部長、『タニハル』役)

 

演劇の経験者はどのくらいいますか。また、ふだんはどんな練習をしていますか。

 

今の3年と1年に経験者がいますが、ほとんどが初心者です。練習は、基礎力を高めるための筋トレから始めます。ふだんの練習でも、ダンス、筋トレ、身体を制御するための訓練などの基礎練習を大切にしています。身体が制御されると動きが洗練され、単に自然な演技というだけでなく、日常を切り取った動きでありながら、客席まで巻き込む雰囲気を作り出すことができます。個々の演技力を鍛えることで、全体のレベルを上げることを常に意識しています。

 

この作品はどのように作っていったのですか。

 

岐阜県は夏に地区大会があるので、春くらいからやるものを決めて、脚本を作り上げていきます。この作品では、まずキャストとスタッフをざっくり分けて、さらにキャストの中で誰と誰が出会ったら物語が生まれそうかを考えて配役を決めていきました。演じる役者に合わせて役を決めていくいわゆる「あて書き」で、一人ひとりの個性を活かした脚本になっています。

 

初めての全国大会。苦労したことはありますか。

 

やはりメンバーが揃う時間がバラバラで、練習時間の確保が難しかったことです。また、今年4月には、これまで指導してくださっていた顧問の先生が突然異動されてしまいました。その中で、今年の地区大会のための新しい作品を自分たちで作らなければならず、まさに崖っぷち状態でした。そんな中で、みんなに愛される演劇部になろう、と吹奏楽部の定期演奏会を手伝ったり、校内ボランティア活動したり、部員に生徒会長がいるので、生徒会と協力したりしました。そうした活動が実を結び、制作担当の子が企画書を書いて屋外公演をやった時には、多くの生徒や先生方が観に来てくださいました。

 

○福富梢さん(3年:『梢』役) 

 

加納高校の持ち味、得意な部分はどんなところですか。

 

全員の基礎がしっかりしているので、舞台映えがすることです。例えば、幕が上がった瞬間の姿勢など、特別なことをしているわけではないけど印象に残る、という動きができていると思います。また、声もよく出ていると感じています。先日1年生の時に公演で使ったのと同じホールで合同公演をしたのですが、1年生の時は音響がよくないな、と感じたのですが、3年生になってみると、声の通りがまるで違いました。基礎練習を積み上げてきたことで、それだけ進歩したんだなあと思います。

 

全国大会にかける思いを教えてください。

 

この作品が大好きなので、このメンバーで少しでも長く公演したいです。物語がこの形になるまで本当にいろいろなことがあって、それを皆で乗り越えて作り上げたものなので、いっそうそう思います。当て書きでそれぞれの個性が生かせるということは、その人にしかできない役なんだ、と思います。1年生の時に、皆で見に行った全国大会の舞台に立てるのを楽しみにしています。

 

互いを知る仲間たちと最高の舞台を創り上げるために

~キャストの皆さんに聞きました

〇堀万里子さん[3年:主役『万里子』・戦争で夫を失ったことを受け止めきれない若い妻]

 

あなたが感じる演劇の「醍醐味」は何でしょうか。

  

様々な個性を持った仲間と一つの作品を創り上げることのすばらしさを知りました。部員全員で創っていくので、誰一人として欠けてはならないのです。一人ひとりに大切な居場所と責任があります。お互いの深いところまで触れた上で、お互いのことを好きだと言えるようになれるところがすてきなところだと思います。

 

今回の作品でいちばんの見せ場を教えてください。また、そこを演じるにあたって、どのような工夫をしていますか。

 

彼の帰りを待つ万里子のもとに梢が訪れ、朝の訪れを告げるシーンです。セリフを形としてでなく、目の前に見えたものを言葉にして、相手に届けるようにしています。

 

全国大会に向けてどんなことに磨きをかけていきたいですか。

 

脚本を毎日読んで、日々新しい発見をしていけるようにしています。稽古も当日の舞台も、全力で楽しみたいと思います。毎日少しずつ小さな努力をして、昨日の自分を確実に超えられるようにしています。

 

〇國島響希さん[3年:『ののの』役・主人公の先祖の一人で、戦争を体験した世代]

 

練習を始めてからこれまでで、いちばんたいへんだったことは何ですか。

  

大人数での会話のシーンの練習の際に部員が揃わず、実質的に練習できる回数が少なかったことです。塾や家の都合、美術科の実技など理由は様々ですが、部内で何度もスケジュールについて話し合いを重ね、皆で部活ができるように心がけてきました。

 

あなたが演劇部に入ったきっかけを教えてください。

 

1年生の時、演劇部の新入生歓迎講演を観て興味を持ったのがきっかけです。観た人を楽しく、わくわくさせること、自分たちで一から作品を作り上げることに魅力を感じ、自分もやってみたいと思いました。

 

全国大会に向けてどんなことに磨きをかけていきたいですか。

 

今回の作品では、劇中に出てくる言葉の中に物語を理解するキーワードがあるので、会話の言葉一つひとつを大切にしながら演じられるようにすることを課題として練習していきたいと思っています。美術科の課題制作や受験勉強との両立には皆苦労していますが、切り替えを付け、少しでも空いた時間を無駄にしないように時間の使い方に気をつけています。

 

〇永井美月さん[3年:主役『長月』役、 演出補佐]

 

今回の作品でいちばんの見せ場を教えてください。また、そこを演出するにあたって、どのような工夫をしていますか。

  

自分が出ていないシーンと最後です。私の出番はできるだけ削ってあるので、出ていないことをいかに観客にイメージさせるかを考えました。また、ラストのセリフには情報がいっぱいつまっているので、話の主題や対象の動きを明確にしながらしゃべるようにしました。

 

練習を始めてからこれまでで、いちばんたいへんだったことは何ですか。

 

大勢が出るシーンです。たくさんの人の中で観客がどこを見たらよいかをわかりやすいように、目線の誘導やキャストの身体制御を指導するのがたいへんでした。

 

あなたが感じる演劇の「醍醐味」は何でしょうか。

 

演劇は「コミュニケーションの芸術」なので、様々な人と関わっていくことによって、よりよい作品ができたり新しい発見ができたりすることです。

 

〇安田紗良さん[3年:演出]

 

練習を始めてからこれまでで、いちばんたいへんだったことは何ですか。

 

夏の練習の時に、暑さで次々に倒れる人が出たことです。全員での練習がなかなかできず、苦労しました。毎回のミーティングで、「水分補給、十分な睡眠、十分な食事をとれ」と何回も言いました。

 

あなたが感じる演劇の「醍醐味」は何でしょうか。

 

全員が全員、違う個性や考え方を持っているのに、その全員が互いを知ることで一つの作品を創り上げ、絆を深め合っていくところではないでしょうか。

 

全国大会に向けてどんなことに磨きをかけていきたいですか。

 

自然な演技を大切にしていきたいと思っています。勉強との両立は自分のやる気次第だと思います。確かにたいへんですが、その選択をしたのは自分自身なので、後悔しないようにしたいですね。

 

〇五島萌さん[2年:『ちーさん』役 兼 舞台監督補佐]

  

私たち2年生は、他の学年に比べて人数が少ないので、一人ひとりが役割を多数持たなければいけないと思っています。そこから役割に対する責任感や、「この人はこの仕事に向いている」といった、人の適性を見極められるようになりました。

 

私はメインキャストの中で唯一の2年生なので、他のキャストの先輩とは1年以上の基礎力の差があります。ですから、先輩以上の演技をするためにも、まずは基礎力を磨いていきたいです。

 

様々な強みを活かして舞台を支える醍醐味を満喫!

~スタッフの皆さんに聞きました

キャストだけでなく、舞台を裏から支えるスタッフも文字通り役者揃い。加納高校の舞台には、本格的な照明や音響の装置も完備しているので、はじめから舞台美術や照明などがやりたくて入部する人も多いそうです。

 

左から 園原さん、高橋さん、棚瀬くん
左から 園原さん、高橋さん、棚瀬くん

○高橋佑奈さん[3年: 舞台監督]

 

舞台監督の役割りは、演出と話し合い、キャストがどう動くか、そのためにはどのくらいのスペースが必要か、ということ考えることです。ざっくり言うと、キャストの動きを見るのが演出、舞台全体を見るのが舞台監督、という分担ですね。今回は、舞台中央にやぐらを置いて、その周りをキャストが動くという構成です。やぐらは目立ちますが、あくまで装置ありきではなく、キャストに目が行くようにするためにはどうしたらよいか、ということを考えました。

この作品は、今の3年生でとことん話し合って生み出したものです。お互いの価値観の違いはありましたが、「いい劇を創ろう」というところは一致していて、それがいい方向に向かっていって、できたものだと思います。

 

後味はしぶい感じ、というのかな。後から「あー、あの時のあのセリフが」ということがじわじわこみ上げてくることを目指したいと思います。

 

○棚瀬将史くん[3年: 照明]

 

中学時代は運動部でしたが、新入生歓迎の演劇部の公演を観て、皆がイキイキしていることに惹かれて入部しました。最初から照明一筋です。縁の下の力持ちって言うのかな、裏で頑張って支える存在の人にあこがれていたので、すごく居心地がいいです。

 

照明をやってきて、将来も何らかの形で演劇を支える仕事をしたいと思うようになりました。例えば、自治体などで、市民劇団の活動を支援するというものありかな、と思っています。

 

今回の作品では、家族、現在と過去、戦争と平和などの「繋がり」を色で表現することを目指しています。音響と相まって、壮大な感じを創りたいと思っています。大きな劇場でやるのが楽しみです。 

 

○園原実怜さん[3年:宣伝美術]

 

ものづくりが好きで、装置をやってみたいと思って入部しました。『彼の子』では、ポスターやチラシなどのイラストを描いています。『彼の子』の世界観、つまり意味深で二面性があり、含みを持たせたイメージが出せたらと思っています。

 

この演劇部って、いろいろな才能を持っている人がたくさんいるんですよ。例えば、生徒会長の伊藤くんはパソコンスキルがすごくて、広報や事務の仕事もどんどんやってくれます。皆がそれぞれの強いところを活かし合って、キャストとスタッフが一緒に一つのものを作り上げていくというところが、すごく好きです。

 

〇箕浦桃子さん[2年:照明・スケジュール管理]

 

中3の夏休みの高校説明会の時、演劇部がとても楽しそうだったのが入部のきっかけです。スタッフをすることを通して、仕事をもらって働くだけでなく、自分からテキパキ積極的に動いて仕事ができるようになったことです。照明という仕事柄、機械に強くなりました(笑)。全国大会に向けて、照明のフェード(明るさを徐々に変化させること)の技術をさらに上げていきたいと思います。

 

 

 

舞台には欠かせない大道具や、整理用の棚もメンバーの手作りです。今回の作品で重要な役割を担う舞台中央のやぐらもスタッフが作りました。クギやネジを使わず、組み手という切り込み同士を合わせて組み立てるものです。

やぐらの組み立て
やぐらの組み立て

私たちの舞台はこれから!

~1年生に聞きました

〇田中さくらさん

 

私は中学の頃から演劇に興味がありましたが、美術科ではデッサンなど実技の時間が長いので、部活は難しいのではないかと諦めていました。しかし、加納高校の演劇部は、美術科の先輩もキャストとして主役をしている姿を見て、入りたいと思いました。

 

今は基礎的なワークショップなどが中心です。運動部のような筋トレなど、「これが演劇に関係あるの?!」ということもありますが、すべてがタメになって、自分が変わってきている実感があります。早く先輩に追いついて、むしろ追い抜けるように頑張ります!

 

〇緒方菜月さん

 

演技や演出の経験はありませんでしたが、昔からドラマやミュージカルが好きで、演じることには興味はありました。今は基礎を固める練習をしながら、全国大会の先輩方の代役を一人ずつ練習させてもらっています。これからは、演技が観客により伝わるように、声量などの力をつけていきたいと思います。

 

全国大会という大舞台で活躍する先輩方が自分の演技や仕事に集中できるよう、サポートに徹して自分のできる仕事はどんどんやっていきます。また、先輩方や全国の代表校の演技をじっくり見て、盗める技術は全て盗んで、自分のレベルアップにつなげたいです。

 

舞台下から先輩たちの練習を見学します
舞台下から先輩たちの練習を見学します

取材を終えて

以前にみらいぶで平田オリザさんのインタビューをした時に、「演劇はもともと制約が多いものだけど、高校演劇は特にそれが多い。でも、そういうある種のルールの中でやることの面白さがある」というお話を聞きました。年齢も、演技の経験も、練習時間も、学校によっては性別も限られた中でエンターテインメントとして成り立たせなければいけない。内容も、表現方法もおのずと限られてしまいがちですが、加納高校の皆さんの舞台は、そんな制約を軽やかに乗り超えていることを感じました。

 

取材中、舞台で数人のキャストがふつうに話をしているように見えたのが、けっこう大事な場面のセリフ合わせだった、ということがありました。ごく自然にすっと演技に入っているのですが、実はタイミングも体の動きも綿密に練り上げられているのです。そこに至るまでは、様々な苦労や葛藤もあったかもしれませんが、それを全く感じさせず、皆が本当に楽しそうに演じていることがわかりました。

 

全国大会は8月1日から3日の3日間、仙台市のイズミティ21で開催されます。加納高校の上演は2日目。集大成の幕が、もうすぐ上がります。

(取材日 2017年6月23日)

 

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