(2016年11月取材)
高校模擬国連の日本代表として世界大会に出場した経験のある2人のみらいぶ特派員が、議場A・Bの議論をレポートします。
※特派員2人は、世界大会代表校の選考には関わっていません
1日目のワーキングペーパー提出までの議論の大きな流れ
[議場A]
まずは議場全体で「情報セキュリティ」の定義を定めようという議長からの提案を汲み、情報セキュリティとは「インターネットやインフラなどという『技術』のみを保護するものなのか、それとも『情報の統制』を含めたものなのか」という議論が着席討議(Moderated caucus)で行われました。その後は非着席討議(Unmoderated caucus)を中心に議論が進められていました。
会議前半では「情報セキュリティに情報統制を含めるか」が主な論点となり、情報統制を推進するグループ、表現の自由を尊重し情報統制を認めないグループ、そして条件付きで情報統制を認めようとするグループが形成されました。しかしどのグループも次第に「条件付きで情報統制を認める」という折衷案が大まかな方向性として取られ、その後は情報統制を認める条件の内容や、サイバー途上国への支援内容についての話し合いに時間が割かれていました。
[議場B]
今回の会議では、コンセンサス(出席するすべての大使の賛同を得ての決議採択)を目指していました。そのため、議長から、着席討議(Moderated caucus)を最初に取って、全員が議論に参加した状態で論点についての意見のすり合わせを行うという提案がありましたが、議場Bではその提案は却下され、1日目は概ね非着席討議(Unmoderated caucus)を中心にして決議案(DR)の内容を詰めていく作業が行われました。
今回はサイバー空間という新しい問題への対処を問われたため、新たな機関の設立を提唱する大使が多く、その内容(どこの機関か、権限は何か、財源はどこか)をグループ内で共有するのに時間をかけていました。また、国によって立場が明確に異なることが予想される論点1(情報セキュリティの捉え方)での立場が一致することを基盤に集まるグループが多い中、最終的には全体のコンセンサスを取ることを見据えて、一旦論点1の議論を保留するという戦略を取るグループもありました。
各会議のワーキングペーパーの大まかな内容や特徴
決議案(DR)のもとになるワーキングペーパー(WP)の内容がこちらです。
[議場A]
6つのWPが作成されました。どのWP も条件付きでの情報統制を認めるという方向性は共通していました。以下がそれぞれの特徴です。
※1 GFCE(Global Forum on Cyber Expertise)
サイバー分野におけるキャパシティビルディング支援を促進すべく、オランダ政府の主導により、日本含む約30か国・機関をパートナーとして立ち上げられた国際的枠組み。(外務省ホームページより)
[議場B]
こちらは8つのWPが作成されました。
2日目午前中の決議案の作成に向けて、いちばん問題になっていたこと
[議場A]
会議2日目の冒頭で各ワーキングペーパー(WP)特徴を議場で共有した後は、サイバー面での発展途上国におけるキャパシティビルディングの支援主体と、情報統制を行う主体が大きな論点になっていました。
[議場B]
論点1については国の治安を考えて統制を強化するスタンスの国と、ネット上での自由を重視するスタンスの国、そして決着をつけることが難しいと判断して議論を棚上げにする国の3つに明確に立場がわかれていました。また、キャパシティビルディングについては、支援の枠組みを既存の組織に任せるか、新たに機関を作るかで対立していました。
決議案作成に向けて、効果的な行動をした国の動き
[議場A]
1日目終了時にワーキングペーパー(WP)が6つ提出されたものの、内容が同じようなグループは少なからずあり、決議案(DR)提出に必要な国数を考えれば、2日目のDR提出期限までにグループ間でコンバイン(複数のWPを1つのDRに統合)することは不可欠な状況でした。その中でも特に、オランダ、カナダ、チュニジア、ブラジル、マレーシア大使は特にその状況をしっかり認識しているということが時間の使い方に表れていました。
チュニジア、ブラジル、マレーシア大使はコンバイン交渉を進めることをまず確認した上で、それぞれのグループでWPの内容確認をしていたため、その後の迅速なコンバイン交渉へとつながっていました。また、オランダ大使は、2人のペアのうち片方がコンバイン交渉相手となるグループの大使を前に具体的な内容について反対意見がないか一つひとつ確認し、もう一方は議場がどのような流れであるか(どこのグループがコンバインしようとしているのか)を把握し、最終的にコンセンサスを得るために、自国の属するDRの内容を説明していくという役割分担を見事に果たせていました。コンセンサスを得ることだけに気を取られるのではなく、残り時間を見計らいながら、内容面(情報統制をどこまで認めるか、そしてキャパシティビルディングの支援主体)について最後まで踏み込んだ議論をしていた点はとても素晴らしい働きであったと思います。
コンバイン交渉を進める中で問題になっていたのはやはり「情報統制をどんな条件で認めるのか」「サイバー犯罪の情報共有やキャパシティビルディングを新機関で行うか、あるいは既存の機関を活用するのか」の2点でした。特に前者について、オランダ大使とカナダ大使はこの点について時間一杯まで踏み込んだ議論がなされていて、最終的なDRでも「情報統制はITUに認められた場合のみ」と統一された内容になりました。
[議場B]
ベラルーシ大使は、自国が掲げた国際デジタル連帯基金の設立を、ワーキングペーパーでもその後の時間も議論の中心に据え、特に自分のグループ内で丁寧に説明をしていました。グループ同士をくっつけてDRの作成を目指す際にも、論点ごとに話すべき相手を明確にし、的確にアプローチを進めていました。韓国大使は、論点1について、二項対立の軸を明確に意識し、ボードを使って視覚的に分かりやすく発信していました。議論終盤でコンセンサスを目指す上で、どの合意点に達するかについて明確なビジョンを持ってまとめ上げました。ポーランド大使は、その場その場で重要な論点をしっかりと見抜き、ベラルーシ大使の政策内容を代わりに大勢に向けて説明したり、決議案の内容を説明した文書を配布したりすることで会議全体に貢献し、存在感を発揮しました。
最終的な決議案の内容
[議場A]
最終的に2つのDRが決議されました。
・DR1については、まず条件付きの情報統制を認めるものの、情報統制を認めるのは、ITUに認められた場合のみと明記しています。さらに、GFCEをサイバー犯罪の情報共有の場とすることを提言し、またキャパシティビルディングのためにもGFCEをプラットフォームとして活用するという内容になっています。
・DR2については、表現の自由と情報統制についてDR内で文言が一貫せず、論点1については触れない内容となりました。他方論点3のキャパシティビルディングについては詳しく取り決められています。サイバー先進国と途上国の間での協力を促進するための対話の機会を設けるよう要請しており、特に人的資本の積極的交流や、キャパシティビルディングの支援を受ける国に対してのサイバー空間での成長戦略策定を提言しています。またサイバー犯罪等の情報共有についてはITUを活用するという内容になっています。
[議場B]
1本のDRが全会一致で可決されました。
論点1については、情報セキュリティの定義を明確に決めていて、「表現の自由の推進や治安維持の援助によって緩和される監視と重要インフラの保護を含む、サイバー空間のセキュリティ」としています。論点2、3については国境を超えたサイバー犯罪に対するセキュリティを高めるためのIGCI(※2)の活用、国内におけるサイバー犯罪に対応するためのCSIRT(※3)の活用、キャパシティビルディングを行うための、既存のITU-D(※4)のさらなる活用および、国連デジタル連帯基金の設置を盛り込んでいます。
※2 IGCI(INTERPOL Global Complex for Innovation)
ICPO(国際刑事警察機構:インターポール)の補完的役割を担う事務局としてシンガポールに設置された機関。犯罪および犯罪被疑者の特定、トレーニング、警察機関とその他組織とのパートナーシップの構築などを目的とする。2015年4月正式開所。(新語時事用語辞典より)
※3 CSIRT(Computer Security Incident Response Team:シーサート)
外部ネットワークを介してのコンピュータへの攻撃や脅威(セキュリティ・インシデント)に対処する組織体。(日本大百科全書(ニッポニカ)より)
※4 ITU-D(ITU-Telecommunication Development Sector)
ITU(International Telecommunication Union:国際電気通信連合)の電気通信開発部門。技術協力や援助活動により発展途上国の電気通信網とサービスの開発・向上を促進する。(大辞林より)
「論理的であることを求められるが、それだけではうまくいかない」状況を切り抜けることで得られるもの
東 由哲さん 東京大学1年 (第8回(2014年) 世界大会出場)
――ご自分が参加した時を思い出しながら、2日間の感想を教えてください。
僕が2年前に参加した模擬国連会議の議題は「食糧安全保障」でした。食糧安全保障、サイバー空間も両者とも、現実に議論されている内容が多岐にわたるため、模擬国連の場では事前に論点を数個に絞られていました。しかし、サイバー空間という議題は、最も新しく生じた国際的な課題の一つであるため、常に正しい情報を自分たちが得られているのか、それに基づいて的を射た政策内容を持っているのか、判断するのが格段に難しい議題であったと思います。しかしながら、突飛な発言をする大使は議場にほとんど見当たらず、現実社会においてまさに現在進行形で新たな課題が生じているサイバー空間に対しての参加者の正しい把握能力が、今回の全日本大会の特に印象深い点です。
――振り返ってみて模擬国連の魅力は何でしょうか。
模擬国連会議で、まず相手に政策を説明し納得してもらうには、政策内容にきちんとした筋が通っていること、すなわち論理的であることは不可欠です。一方で、国際社会を模擬する会議において、意見が対立する場合が必ず生じます。そのような場合に求められるのは、まず相手の話をしっかり聞き、相手の面子(めんつ)を保ちながら粘り強く説得する、あるいは、落としどころを模索することではないでしょうか。
「君たちのこの部分はこの点で良くないから僕たちの提案に従ってくれ」と言われては、どんなに筋が通っていたとしても、積極的に協力しようという気力は生まれないと思います。僕は、この「論理的であることを求められるが、論理的であることだけではうまくいかない」状況を経験できることが模擬国連の最大の魅力だと感じています。僕の場合は、他者と協力して何かを成し遂げる行為の本質に触れられたことで、その後どんな人間になりたいかという理想像が構築されたと言いきれます。
時間内にできる範囲での最善をまとめる力は、ふだんの勉強での計画性の改善にもつながった
小坂真琴さん 東京大学1年 (第7回大会(2013年) 世界大会出場)
――ご自分が参加した時を思い出しながら、2日間の感想を教えてください。
自分が参加している時、必死に自分の案を伝え、文言にまとめるのに苦労していたことを思い出しました。今回の議題は、比較的新しい問題に焦点を当てていたので、新しい機関を作り問題に対処するという案を出す大使が多くいました。新しい機関に関する案は説明すべき事項が多い分、繰り返し同じ説明を粘り強く丁寧にする忍耐が求められていたと思います。1日目の終わりの方になっても議論を深める方向に進んでいない感じもしましたが、数ある批判に耐えて真摯に政策を説明する姿勢は素晴らしかったです。
――振り返ってみて模擬国連の魅力は何でしょうか。
私はもともとディベートをやっていたため、論理的に説明する力にはある程度のアドバンテージがあったと思います。ただ、模擬国連を通じて、「論理的にかなっているから上手くいく」ということはあまりなく、結局人として信頼されるか、一緒に仕事をしたいと思ってもらえるか等の要素が大事であることを痛感しました。これは現実世界で物事を進めていく上でも言えることだと思います。また、決議案の提出の時間が区切られている中で、自分の案を魅力的に伝え、納得してもらう、さらに時間内にできる範囲での最善をまとめる力も求められ、これはふだんの勉強における計画性の改善にもつながったと思います。