(2016年11月取材)
高校生が国連加盟国の「大使」となり、国際会議のシミュレーションで現代世界における様々な課題を議論する「全日本高校模擬国連大会」。第10回大会が、全国から62校、85チームが参加して2016年11月12日・13日の2日間、東京・青山の国連大学で開催されました。
実際の国連の会議と同じ進め方で国際的な問題の解決方法を議論する模擬国連は、相手を言い負かすディベートではなく、話し合いにより各国間の利害調整を行い合意を目指すものです。各校2人がある国の大使として、様々な国と交渉し、議論をまとめていきます。決議案の提出に向けて優れた働きをしたチームは、来年5月にニューヨークで行われる高校模擬国連の世界大会に日本代表として派遣されます。
今回の議題は「サイバーセキュリティ(=情報セキュリティ)における国際的なルール作り」。インターネットの発展によって、社会は劇的な進化を遂げてきました。その一方で、サイバー空間(=インターネットの世界)は、陸・海・空・宇宙に続く「第5の戦場」と呼ばれ、個人のパソコンから一国の基盤をゆるがすような攻撃も可能であり、これまでの国際安全保障の考え方が通用しないような危険性もはらんでいます。
今大会は、参加校が2つの議場に分かれて、それぞれで決議案をまとめ上げることに向けた議論が行われました。「情報セキュリティの定義」「表現の自由vs.国家による統制」「情報セキュリティ監視のための新たな国際機関の設立の可否」などについて、自国の権益を守りつつ、他国との調整を図る熱のこもった議論が展開されました。
時々刻々変化する問題だけに困難を極めた事前リサーチ
全日本大会に出場するチームは、大会の約1か月半前に公開される「議題解説書」を読んで、その問題の国際社会における現状や背景などを学びます。今回の議題解説書は、ICT・サイバーに関する基本事項の解説や、サイバーに関するこれまでの国際的議論の経緯なども含まれた43ページにわたるもので、質・量ともにボリュームがあります。
出場チームは、議題解説書を読んだ上で、担当を希望する国を5か国まで事務局に提出します。実際に担当国が決まるのは大会1か月前。そこからインターネットや文献を使って、徹底的なリサーチを行います。実際に大使館を訪問して話を伺ったチームもあったそうです。
今回の「サイバーセキュリティ」は、従来の「食糧安全保障」「核軍縮」「地雷問題」といった議題と異なり、時々刻々と状況が変化し、具体的な資料がまだ乏しい上に、軍事や産業上の機密事項が多いため、各国の立場を探るための資料を探すことには、どのチームも相当苦労したようです。
そして、自分の担当国の政策立案のもととなるポジションペーパー(Position and Policy Paper)をまとめます。このポジションペーパーは、その国の議題に対する姿勢を示す重要なもので、会議行動とともに評価の対象となります。
準備するのはこれだけではありません。初対面の人といきなり議論をするのですから、相手に自分のことや自国の政策をわかってもらうためには、様々な「グッズ」も必要です。国名を入れた名刺や、政策をパンフレットにまとめたもの、A3サイズくらいのホワイトボード(=意見や話し合いの内容をまとめて他のメンバーに見せたりする)、ブレインストーミング用の付箋など、各チームの工夫のしどころです。
国際会議のシミュレーションなので、議事進行や公式討議(自国のポジションや政策を発表するスピーチ)、決議案などの公式文書の作成は英語で行われます。初めて模擬国連を見ると、英語が飛び交って圧倒される、と言われますが、議事進行はほぼ定型文で行われますし、スピーチは前もって練習することができるので、あまり悩まなくてもよいとのこと。それより大事なのは、まず日本語で自分たちの政策をきちんと説明できること、様々な議論の展開に対応できる「情報の引き出し」を持つことなのです。
様々な利害関係を乗り越えて合意形成を目指す
模擬国連の大きな目的は「合意形成」。合意形成とは、多様な利害関係を持つ者(この場合は国)同士が、議論を通して意見の対立点を明らかにしながら、相互に歩み寄って意見の一致を図ることです。どんなにすばらしい提案であっても、一方的に主張するだけでは、立場の違う国には受け入れてもらえません。相手の話をよく聞き、自分たちとの相違点を見極めながら、自国の権益は守りつつ、相手の受け入れられるところは受け入れ、相手を「立てる」姿勢が必要です。しかし、初対面で何を考えているのかわからない相手と議論して合意形成を導くのは、実際とてもたいへんです。これは、模擬国連だけでなくふだんの生活の中でも同様です。
今回の取材では、実際の会議で「合意形成」がどのように進められていったのかを軸にレポートします。
討議の形式は、実際の国連の会議と同じ。どのように折衝するかが戦略
全日本大会当日のスケジュールを説明します。
2日間で3つの大きなセッション(会議行動)があります。目標は、2日目の第3セッションが終わるまでに12か国以上で決議案(DR:Draft Resolution)を提出し、採択にかけることです。
1日目は開会式と会議細則の説明後、午後に第1回のセッションがあります。このセッションでは、各国が議題(今回はサイバーセキュリティ)に対する自国の姿勢を表明しつつ、立場の近い国同士で決議案(DR)のもとになるワーキングペーパー(WP)を作成します。
WPは5か国以上の共同提案で作成します。この段階では、複数のWPに名前を連ねることができます。
2日目の午前中が第2回のセッションです。ここでは、昨日作成したWPを、大使たちが交渉を繰り返して、DRに向けてコンバイン(統合)していきます。
DRは共同提案国が12か国必要であり、複数のDRに名を連ねることはできません。DRの提出は、この第2回の終了時に締め切られます。
2日目の昼食後、第3回のセッションを行います。ここでは、提出されたDRを最終的にコンバインするためのさらなる折衝が行われます。DRが1本にまとまった場合は全会一致となります。また、一本化しなかった場合は、それぞれについて投票を行います。この投票は、各国がそれぞれ賛成・反対・保留を表明する形で行い、過半数の賛成を得たDRが採択されます。
討議の形式は、実際の国連の会議と同じ方法で行います。
1. 公式討議=いわゆるスピーチ。壇上で、自国のポジションや提案を英語で話す。
2. 自分の席で指定されたトピックについて自国の方針を日本語で手短に話す。(着席討議:Moderated caucus)
3. 自由に席を立って交渉したい国のところへ行って議論したり、スピーチの準備をしたり、決議案の作成をしたりする。(非着席討議:Unmoderated caucus)
討議はこの1~3を繰り返す形で進められます。どの討議形式を取るかは、その都度議場の大使が提案し、決定します。
非着席討議は、定義としては休憩時間ですが、実質的な折衝はここで行われます。どの国と連携するのか、反対する国をどのタイミングで説得するのか、また、着席討議と非着席討議をどのように使い分け、組み合わせていくかが、会議の重要な戦略になります。
現実の国連でも難しい「サイバーセキュリティの国際的なルール作り」
今回の議題「国際安全保障の文脈における情報及び電気通信分野の進歩」では、サイバー空間における国際的なルール作りを目標とします。
情報技術の発展は、産業構造や社会生活の大きな変化をもたらしました。一方で、情報技術の軍事利用は、これまでの国際関係を根本から揺るがす危険をはらんでいます。国際的なルール作りが急務ですが、各国の複雑な対立により、現実の国連でも実効性のある動きが取れていないのが現状です。
開会式では、今回の議題の「サイバーセキュリティ」について、経済産業省サイバーセキュリティ・情報化審議官の伊東寛さんの基調講演がありました。
サイバー技術の発達によって変わる国際関係の枠組み
経済産業省サイバーセキュリティ・情報化審議官 伊東 寛氏
サイバーセキュリティをさらに詳しく知るためのブックガイド
3つの論点
今大会では、以下の1~3の論点について話し合いを進めました。
■論点1 情報セキュリティを確保するためのアプローチ
「情報セキュリティ」の捉え方については、今まで国際的な議論の決着が見られていません。この定義があいまいだと、決議が実効力を持ち得ません。
特に「セキュリティ」がインターネットやインフラなどの技術のみの保護なのか、情報の内容の統制まで含むのか、ということは、「表現の自由」対「国家による情報の統制」につながるため、各国の国内事情で譲れない部分が大きく、最大の対立点になります。
今回の会議でも、先進国vs.発展途上国、超大国vs.国情が安定しない国など、様々な立場の違いが交錯し、この「論点1」でいかに合意を引き出すかで苦労したグループが多く見られました。
■論点2 国際的規範:各国の責任ある行動についての規範
各国家の「責任ある行動についての規範」を作ります。これまで現実の国連で行われてきた議論はまだ抽象的で、ICTやサイバー空間の特性を捉えたものとはなっていないのが現状です。
■論点3 国際的規範:サイバー新興国・途上国のキャパシティビルディング
キャパシティビルディングとは、工業発達のために必要な途上国側の組織的能力を構築したり、技術援助、社会制度・政策を整備することです。インターネットがグローバルに発展していくために、サイバー新興国・途上国の援助は必要ですが、一方でこのような国が国内事情のために自国の規制を強化することが、インターネット環境の発展の阻害になっているという実態もあります。どのように援助する(される)べきか、規制との兼ね合いをどうするか、さらにこの主体となる機関を新たに創設するのか、あるいは既存の機関の役割を拡大するかなどが争点となりました。
ドキュメント みらいぶ特派員が見た2日間の会議
最優秀賞2校、優秀賞4校、ベストポジションペーパー賞2校決まる!
6チームはニューヨークへ
2日間の会議の終了後、議場ごとに最優秀賞1チーム、優秀賞2チーム、ベストポジションペーパー賞1チームが発表されました。最優秀賞・優秀賞の6チームは、2017年5月にニューヨークの国連本部で開催される国際大会に日本代表として派遣されます。
◇最優秀賞
渋谷教育学園幕張高校(千葉県)Aチーム 担当国:オランダ(議場A)
灘高校(兵庫県)Aチーム 担当国:ベラルーシ(議場B)
◇優秀賞
開成高校(東京都)Bチーム 担当国:カナダ(議場A)
桐蔭学園中等教育学校(神奈川県)Bチーム 担当国:ブラジル(議場A)
渋谷教育学園渋谷高校(東京都)Aチーム 担当国:大韓民国(議場B)
浅野高校(神奈川県) 担当国:ポーランド(議場B)
◇ベストポジションペーパー賞
桐光学園高校(神奈川県) 担当国:フランス(議場A)
中央大学附属高校(東京都) 担当国:ロシア(議場B)
ニューヨークへの派遣が決まった6チームの皆さんへインタビューしました。
会議監督を担当した神保真宏さん(東京大学)に聞く
模擬国連の会議運営や会議監督、議題の策定、議題解説書の作成などは、模擬国連のOB・OGや大学で模擬国連に取り組む大学生が行っています。
今回の会議監督を担当した神保真宏さん(東京大学経済学部3年)にお話を聞きました。
会議を終えて
模擬国連というと、「英語ができないとダメ」というイメージがあるかもしれません。しかし、議事進行で使われる英語はほとんどが定型文で、慣れてしまえば難しいものではありません。実際、これまでの世界大会代表の中にも「実は英語は苦手」とか「世界大会が初めての海外旅行だった」という人も少なからずいたそうです。OBの座談会では、「世界大会では日本人のきめ細かな行動がすごく尊敬された」という話も出ていました。
2日間、文字通り白熱した議論が続きました。印象に残ったのは、議場Bの閉会式を前にした1こま。ある大使の「記念写真を撮りましょう」という呼びかけに、ウ・タントホールの舞台に多くの大使が集まりました。時に激論を交わし、時に交渉がうまくいかずがっくりした表情を見せたこともあった各国の大使が、笑顔で肩を組んでいます。合意形成とは、相手を尊重し、信頼してこそできるものであることを、改めて感じました。
全日本高校模擬国連大会は、書類審査を経て選ばれた学校だけが参加できる大会ですが、誰でも参加できる入門型の新しい模擬国連大会が2017年8月に開催されます。キャッチフレーズは、「高校生の高校生による高校生のための大会」。模擬国連に興味を持った人は、ぜひチャレンジしてみてください。生徒実行委員も募集中です!