学習を楽しく
中野 剛志(評論家)
東大へ行こう
そこで、取りあえず大学に入ろうと思いました。もちろん成績は悪いですから、東大なんて論外です。ただ、2年あるから、とにかく勉強して一番ピークの時に入れたところに行こうと、それだけ決めました。現役の時は、塾に行かないで、独学でやりました。みんなより遅れているのに、みんなと一緒に授業を受けていてはダメだなと思って、自分のペースで勉強しました。そのかわり、朝から晩まで勉強して、親にも「あいつどうしたんだ」とびっくりされて、やっているうちに成績が上がってきたので、欲張って志望大学を上げていったんです。東大は科目数が多いから厳しいけど、京大は行けそうな気がしてきました。3年の夏、8月に京大オープンを受けたら、あと1点でAランクのところまでいったんです。「お、これは行けるかな?」と思って受けたら失敗しちゃいました。ですから河合塾のせいなんですね(笑)。京大に落ちて浪人する羽目になった。そこで河合塾に来たんです。ただ、親から浪人するには条件があると言われました。「東大に行くなら浪人してもいい」と。無茶ぶりですよね(笑)。でも浪人生って1日じゅう自由なわけですから、そこからもう一回勉強して東大に行けるか勉強してみるかと、決意してやってみたんです。
世界史 -現在の不景気対策に、80年前の世界恐慌を研究する
東大は、京大と比べて英国数はさほど変わらないので、2~3カ月勉強すれば何とかなるかなと思いました。しかし、問題は社会2科目で、日本史と世界史の両方をやらなければならなかったんです。ここで話を戻して、日本史と世界史の話をしましょう。これは大学を出た後にかなり役に立ちました。私は、社会がどう動くか、政治がどう動くかということに関心があります。その学問を社会科学と言います。自然を研究するのが自然科学で、社会を科学する学問もあるんです。それこそ、さっき言ったようになぜ円高が起きるのかとか、そして私は経済産業省というところに勤めていますから、円高が起きたらどうすればいいのか、ということを国家政策で考えるわけです。社会科学は世の中がどう動くのかということを考えるのに、やはり歴史を勉強します。過去にどういうことが起きたら、世の中がどう動いたか。例えば、今は日本だけではなく、世界全体がものすごい不景気です。これは100年に一度、第二次世界大戦の原因となった1930年代の世界恐慌以来と言われているんです。そこで、今の社会科学者たちは何をやっているのかというと、80年前の世界恐慌の時の研究をみんなでやっているのです。今、アメリカでもイギリスでも日本でも、経済はこうすべきだと言っている社会科学者の本は、みんな1930年代にこうだったから…ということが書いてある。ですから、歴史というものは古いものだから役に立たないということは全然なくて、むしろ非常に役に立つ。
世界史は教養。東洋史も西洋史も詰め込み、欧米のインテリを驚かす
あとは、世界史が役に立ったというのに、こんなことがありました。留学していた時に、私は英語のハンディキャップはあったのに、ついていけたんです。どうしてかなと気付いたのは、歴史的な教養が備わっていたからです。驚いたことに、イギリスは中学高校で歴史の勉強をあまりしていないんですね。特に東洋史を全くやっていない。彼らは世界史をやっているんですけど、彼らの「世界」ってまだヨーロッパなんです(笑)。しかし、大学で勉強するには、東洋のことも知っていなければならない。それと比べて、日本人の凄いところは、西洋史も東洋史もすべて頭に詰め込んでいるところなんですね。これは、外務省を辞めた売れっ子作家の佐藤優さんも言っていました。日本の高校の世界史の知識は世界一級だと。佐藤さんはロシアの分析とかをする時には、もう一度、高校の世界史をおさらいするそうです。
ですから、東大に入れるくらいに世界史の知識を詰め込むと、イギリスの人たちよりまったく上です。「なんで、お前の方がオレの国の歴史を知っているんだよ」って驚かれますよ。(笑)。みんなもそうでしょ。例えば、イスラエルの人に「正岡子規のことどう思う?」って言われると驚くでしょ?それと同じくらいのインパクトを私は彼らに与えたらしいんです。大学の先生にも「どうしてそんなに歴史を知っているんだ」ということを聞かれました。思い起こしてみると、やはり大学受験の時の勉強が役に立っているし、英文読んでいて、「あーそういえば、1848年の革命がどうのとか言っていたなあ」とか思い出すんです。欧米のインテリの人たちとよく話したんですが、そういう歴史の知識がけっこう抜けていたりするんです。みなさんはまだピンと来ないかもしれませんが、これから欧米のインテリと話す時にそういった歴史のお話しを出すと、威嚇できます(笑)。インテリ達ってけっこう話すんですが、あれは威嚇し合っているんです。
第1回 中野 剛志 受験勉強は、実はけっこう役に立つ ~本気で勉強したからこそ見えてきたこと
(1)自分が何に向いているかは、振り返ってみないとわからないけれど
(3)円高から環境問題まで。世の中のからくりへの興味が進路を決めた
(5)受験で学んだ勉強の極意
(7)質疑応答より
中野 剛志(なかの たけし)
評論家
2010年~2012年京都大学准教授。 1971年生まれ。高校時代に円高不況で、実家の家業が打撃を受けたことから世の中の仕組みの解明に目覚め、そのためには正しいことを教えてくれる立派な先生がいる大学へ、と東大を目指す。浪人中に河合塾の小論文指導で出会った、当時東大院生の松浦正孝先生(現 立教大学法学部教授)に学問の真髄を教えられ、東大教養学部を勧められたことが現在につながる。「TPP亡国論」(集英社新書)等の著書やテレビの解説で、明快なTPP批判を展開する。西部邁先生の私塾に通っていた時は、「社会に出たら上司とケンカするな」と口酸っぱく言われたという逸話も。