地球時代、今を生きる学問
中野 剛志(評論家)
(2013年3月掲載)
社会の真理を探究する学問
私は、経済政策に関わる国家公務員であると同時に、社会科学を研究する博士という顔ももっています。今年(2012年)で41歳になりますが、国家公務員としても研究者としても、まだ若手と呼ばれる部類に属します。経済政策であれ社会科学であれ、まだまだ修行中の身だということです。ですから、あまり偉そうなことを言える立場でもないのですが、大学受験を目指して勉強中の皆さんに何かヒントになることでも示せたらと思い、自分が皆さんと同じ年頃だったころを思い出しつつ、筆をとっています。
さて、私は社会科学を研究していると言いましたが、社会科学とは何かを簡単にご説明しておいた方がよいかと思います。一般に、科学(自然科学)とは、自然の真理とは何かを探究する学問ですが、社会科学は、社会の真理を探究する学問です。自然科学に物理学や化学や生物学があるように、社会科学にも、政治学や経済学や社会学などがあります。例えば、戦争はどうして起こるのか、どうして豊かな国と貧しい国があるのか、そういった社会問題を研究するのが社会科学です。中学や高校では、「公民」や「政治経済」として習う課目が、社会科学だと言ってもよいでしょう。あるいは、日本史や世界史といった歴史もまた、社会科学と深い関係にあります。例えば、戦争がどうして起こるのかを研究するには、歴史上に起きた数多くの戦争の原因を調べ、参考にするのです。
確かな答えは大学の先生でも分からない
大学に入れば、政治学部・学科や経済学部・学科などがあり、そこで社会科学を学ぶことができます。ですから、もし新聞やテレビで報道される政治問題や社会問題に興味がある方は、大学で社会科学を専攻するとよいかもしれません。
ただし、ひとつ、大きな問題があります。それは、社会科学がまだ未発達で、政治や経済や社会の真理の多くを解明できていないということです。だから、大学に入学して、例えば政治学を専攻したとしても、大学教授は、どうすれば戦争がなくなるかについて、確かな答えを教えてくれるわけではありません。偉い先生たちにも分からないのです。それが分かるなら、とっくに戦争は世界からなくなっているでしょう。
ソ連の崩壊…その時、研究者は途方に暮れた
例えば、私が大学に入学して、国際政治学を専攻したのは1993年頃でした。その頃、歴史は大きな転機を迎えていました。ソヴィエト連邦が崩壊したのです。第二次世界大戦後、世界は、ソ連を中心とする東側諸国と、アメリカ合衆国を中心とする西側諸国に分かれて対立していました。いわゆる東西冷戦です。しかし、1991年にソ連が崩壊して、突然、東西冷戦が終結したのです。
こうした歴史的な世界の変化を目の当たりにして、多くの学生たちが国際政治学という学問に興味をもちました。私もそうでした。
ところが、国際政治学者たちの多くは、ソ連の崩壊を予想できていませんでした。彼らは、東西冷戦の下で、ソ連とアメリカの軍拡競争がどうなるかの研究などをしていたのです。それが突然、東西冷戦が終わって、軍拡競争の研究が不必要になってしまいました。では、冷戦後の新たな世界はどうなるのでしょう?大学の先生方の多くは、そう聞かれても途方に暮れるばかりといった風情だったことが思い出されます。
権威のある学者でなくても、未来を見通す理論を構築できる!
もっとも、これは、ある意味、仕方のないことではあります。社会科学の研究対象である社会は複雑で、かつ目まぐるしく変化するので、大学の偉い先生ですら、確かな答えをもっているというわけではないのです。
このような話を聞くと、大学で社会科学を勉強するのに不安を覚えるかもしれません。しかし、見方を変えれば、権威のある学者でなくても、画期的な新理論を構築したり、未来を見通したりすることができるかもしれないということでもあります。社会科学には、そういう魅力があるのです。
中野 剛志(なかの たけし)
評論家
2010年~2012年京都大学准教授。 1971年生まれ。高校時代に円高不況で、実家の家業が打撃を受けたことから世の中の仕組みの解明に目覚め、そのためには正しいことを教えてくれる立派な先生がいる大学へ、と東大を目指す。浪人中に河合塾の小論文指導で出会った、当時東大院生の松浦正孝先生(現 立教大学法学部教授)に学問の真髄を教えられ、東大教養学部を勧められたことが現在につながる。「TPP亡国論」(集英社新書)等の著書やテレビの解説で、明快なTPP批判を展開する。西部邁先生の私塾に通っていた時は、「社会に出たら上司とケンカするな」と口酸っぱく言われたという逸話も。