困難の末にたどり着いた! 「副実像」の位置の数式化
【物理】熊本県立宇土高等学校 科学部物理班
(2015年7月取材)
◆部員数 物理班12人(うち1年生4人・2年生2人・3年生6人)
※科学部1年12名、2年4名、3年7名
◆書いてくれた人 安部友里菜さん(3年)
■研究内容「凸レンズがつくる“副実像”の位置の数式化に成功」
凸レンズに光を当て、適当な距離にスクリーンを置くと光源の像が浮かび上がります。しかし、私たちはこれとは別に、新たな二つの像がレンズの前後に現れることを4年前に発見しました。それ以来、私たちは「副実像」と名付けたこの2つの像の発生のメカニズムや性質について研究しています。
昨年までの研究で、光源が光軸から離れていても副実像がスクリーンに現れること、凸レンズ以外にも平凸レンズ、フレネルレンズでも副実像が現れること、副実像が現れるのは凸レンズ内部での反射による魚眼効果であることなどがわかりました。今回は、
(1)凸レンズや平凸レンズに現れる魚眼現象のしくみを調べること
(2)副実像の出現位置の測定の精度を高めること
(3)シミュレーションソフトによる副実像の検証
(4)実像の出現位置の数式化
の4つを研究テーマとしました。
まずは魚眼現象の研究について。魚眼効果の仕組みについて調べるために、簡易魚眼観察水槽というものを制作しました。まず水槽の底をくり抜いて、半球状の観察窓を設置し、水を入れます。
観察窓から覗くと水の屈折角によって超広角の視野が観察できます。
また副実像の出現角度を測る実験も行いました。まず、凸レンズと平凸レンズに焦点距離の10倍の位置からレンズに向けて光を当て、距離一定のままレンズに対する光源の角度を変化させます。このとき、副実像が出現しなくなる直前の角度の値を左右で計ります。この左右の値を合計した値を出現角度としました。下が結果です。
ここからレンズ前方の副実像の出現角度は凸レンズと平凸レンズの球面側では、ガラスの臨界角(屈折率が違う媒体を光が通過するときに全反射する最小の角度)の2倍と一致することがわかりました。これにより、魚眼効果による副実像の出現角度は物質の臨界角に依存することが判明しました。
次に出現位置の測定について。
今までの研究で私たちは光源に裸電球を使用していたので、光源と同様に副実像にも厚みができてしまいました。これでは出現位置の正確な値が読み取りにくく、誤差が大きくでてしまいます。そこで、今年からはLEDの平面光源を使用して再実験を行いました。
まず焦点距離の1~5倍の位置からレンズに光を当て、スクリーンに副実像を映して位置を読み取ります。このときのレンズの中心とスクリーンの距離を10回ずつ測定しました。また今回は、スクリーンとしてすりガラスを使用しました。グラフにまとめると下記のようになりました。今回の実験では最大誤差が前回の12%と比べ8%にまで改善し、精度を高めることができました。
さらにGeoGebraという数学ソフトウェアを使うことにより、副実像の出現をシミュレーションすることにも挑戦しました。様々な条件を設定し、副実像の出現位置をPC上で再現することにも成功しました。
最後は、この副実像の出現位置の数式化です。数式化には「近軸光線追跡」という方法を用いました。これはシステム行列を使い、光の反射や屈折などの光線の追跡を幾何学的計算で求める方法です。
この方法によると、前方の副実像の出現位置を表す式は左のようになりました。
後方の副実像も同様にして数式化できました。
また、以上の計算はすべて手計算によるものだったので、エクセルでも確認し、数式にはミスがないことが確認できました。数式化によって得られた値と実験値とを比較したグラフがこちらです。
またこの数式のレンズの厚みをゼロ(s=0)で近似すると、左のように、教科書にあるレンズの写像公式のような数式が得られます。
これを、薄肉レンズによる副実像と考え、実験値と比較してみました。近似値は、左のように実験値の誤差の範囲内となり、近似式でも成立することが確認できました。
これで、レンズの前方と後方に出現する副実像の「写像公式」が完成しました。
まとめです。
今回、副実像の出現角度は、物質の臨界角に依存することがわかりました。また、近軸光線追跡により、出現位置の数式化にも成功しました。これらの成果により、副実像は単なる凹面鏡のような反射ではないことを裏付けることもできたし、特に、実像の位置を求める問題は注意が必要であることを示唆できました。
■研究を始めた理由・経緯は?
本校科学部は、凸レンズ付近に出現する本来の実像とは異なる2つの「副実像」の研究を2011年度から続けています。その中で、専門家すら見落としてきていた「副実像」に大変興味を持ち、まだ残っている副実像の謎を解明し、副実像の出現位置を公式化し、教科書に載るような成果にまで高めたいと考えました。
■今回の研究にかかった時間は?
放課後、週2~3日(週5時間程)活動し、副実像がレンズゴーストのなかでも特別なゴーストであることを突き止めるのに1年、副実像の数式化に1年かかり、トータル2年間です。
■今回の研究で苦労したことは?
・副実像についての国内や海外の文献等でも見つかっておらず、すべて手探りで調べたこと。
・単なる凹面鏡の反射と同じではないかと言われたこと。
・数式化するために文献を探して理解するのに2か月、大学でしか習わない行列の手計算に1か月以上、数式の検証に1か月以上費やし、なかなか数式化までのゴールが見えなかったこと。
■「ココは工夫した!」「ココを見てほしい」という点は?
・実態が見えなくても像が写り込む心霊写真のような現象に、副実像が関わっていること知ってほしい。
・副実像の数式化した式と、教科書にあるレンズの写像公式とを比較してみてほしい。
■今回の研究にあたって、参考にした本や先行研究は?
・「ヘクト光学1-基礎と幾何光学-」Eugene Hecht著/尾崎義治・朝倉利光訳(丸善)
・「Lecture on Optics 光学 講義ノート」[第3章 幾何光学] 東京大学/黒田和男
http://qopt.iis.u-tokyo.ac.jp/optics/
[先行研究]
・「凸レンズがつくる実像を探る副実像の発見と解明」宇土高校科学部(日本物理學會誌68 2013.3月(27J-8))
■次はどのようなことを目指していきますか?
数式化できたことで、後輩たちが引き継ぎ、凸レンズと同じしくみを持つ昆虫の単眼に副実像が出現するかを調べています。
■ふだんの活動では何をしていますか?
研究の手法を深く学ぶことを目的に、科学部の1年生は、所属する物理班、化学班、生物班に関係なく、別テーマにも同時進行で取り組む予定です。ちなみに、昨年度は、ろうそくの炎で500gのおもりをどこまで持ち上げられるかを調べました。
■総文祭に参加して
副実像の研究をあきらめないで続けてきたことが入賞につながりました。これまでの努力が報われたような気がして、とてもうれしかったです。これまで支えてくださった方々に感謝したいと思います。
※宇土高校は、物理部門の奨励賞を受賞しました。