教科書によって異なる値の謎に迫る

―チンダル現象を用いた溶解度積の測定

【化学】兵庫県立柏原高等学校 理科部

(2015年7月取材)

 左から下世綾香さん(3年)、長尾愛美さん(3年)
左から下世綾香さん(3年)、長尾愛美さん(3年)

◆部員数 27人(うち1年生13人・2年生7人・3年生7人)
◆書いてくれた人 下世綾香さん(3年)


■研究内容「チンダル現象を利用して溶解度積を測る!―沈殿はいつ生じるか―」

みなさんは「溶解度積」をご存知ですか? 溶解度積は、わずかに溶ける難溶性の物質が沈殿する際にどのくらい溶けるのかを表す尺度で、Kspで表されます。みなさんも、一度は溶解度積の表を化学の教科書で見たことがあるのではないでしょうか。


しかし、教科書を見比べるとある重要なことに気づきます。それは、教科書会社によって同じ物質でも溶解度積の値が違うということ。しかも調べてみると、溶解度積は別の値から間接的に求めていることがわかりました。なぜ会社によって値が異なるのか? 疑問に思った私たちは溶解度積を直接求めることにしました。

 

溶解度積を求めるには、どのように溶解が起きているのかを分析しなければなりません。そもそも、「溶ける」とはどういうことなのでしょうか。溶けるとは、陽イオンM+と陰イオンA-が合成されてできたある物質(これを「塩」といいます)MAが、陽イオンM+と陰イオンA-に分解されることです。飽和とはこれ以上物質が溶けない状態のことで、その状況では溶け出したそれぞれのイオン濃度の積、すなわち溶解度積は一定になることが知られています。つまり、溶解度積(Ksp)が小さいということは溶け出したイオンの濃度が低いということで、塩はあまり溶けない、すなわち沈殿が起こりやすいということが言えます。

 

では、どのようにして溶解度積を求めればいいのでしょうか。先ほどの仕組みから考えれば、沈殿し始めた瞬間、すなわち溶液が飽和した瞬間のイオン濃度[M+][A-]を測定し掛け合わせればいいことになりますが、飽和する瞬間の判断が非常に難しいのが難点でした。



そこで、私たちは「沈殿はコロイド粒子を経由して生成される」という仮説を立てました。コロイド粒子とは直径が1nm(10-9m)~1μm(10-6m)程度の比較的大きめの粒子です。また、コロイド粒子の溶液のことをコロイド溶液と呼び、身近なもので言えば牛乳や墨汁がその一例です。濁っていることに加え、「チンダル現象」という特有の現象を起こすので検出がしやすいのが大きな特徴です。チンダル現象とは、コロイド溶液に強い光を当てると光の筋が見える現象です。


こうして、仮説を踏まえてチンダル現象によって飽和を確認し、直接溶解度積を求めることにしました。


まずは、仮説が正しいことの確認です。溶解度積がどの教科書でも同じ塩化銀(AgCl)を用い、溶解度積が教科書の値と合っていることを確かめました。すると、Cl-溶液にAg+を滴下した(少しずつ加えた)場合、逆にAg+溶液にCl-を滴下した場合のいずれの場合も溶解度積は教科書の値とほぼ等しくなりました。すなわち、私たちの仮説は正しかったことになります。

 

続いて、私たちの研究のきっかけにもなった炭酸カルシウム(CaCO3)の溶解度積を求めてみました。CaCO3は中性の硝酸カルシウム水溶液とアルカリ性の炭酸ナトリウム水溶液を混合したもので、滴下する順番によって滴下後のpHが変わります。先ほどと同様に実験したところ、滴下後のpHが大きい、つまりアルカリ性の水溶液中の溶解度積はより小さくなることがわかりました。
 

また、その他の物質について調べると、いずれも測定値が文献値より少し大きくなりました。これは過飽和が原因だと考え、誤差を小さくする試みも行いました。過飽和は本来沈殿が起こるはずの濃度で沈殿が起こらず、その後一気に沈殿し始める現象で、過飽和が起こると正確に飽和した瞬間を測定しにくくなってしまいます。


そのため、チンダル現象が確認できてもすぐに溶解度積を求めず、一旦薄めて沈殿を溶かした上で過飽和溶液を滴下することで、より正確な飽和の瞬間を求めることに成功しました。

この方法を通して、教科書でも直接求めていなかった溶解度積を手軽に直接測ることに成功しました。ただ、精度に難点があるため、今後は過飽和へのさらなる対応やチンダル現象の専用の機器を用いた確認を通して、より精度を向上していきたいと考えています。


■研究を始めた理由・経緯は?


溶解度積の値が、教科書によって異なっていることに気づき、どんな測定方法で測定しているのか疑問を持ったことからです。電気化学的な方法で測定している(間接的)ことがわかったので、それなら自分たちで沈殿ができるところを直接測って溶解度積を求めようと思いました。

■今回の研究にかかった時間はどのくらい?

学期中は、週3日で約2時間、夏休みの平日はほぼ毎日5時間くらい。5か月余りの期間をかけました。

■今回の研究で苦労したことは?

測定の具体的な手順など実験方法の確立に少し時間がかかりました。物質によっては、過飽和のためか、なかなかチンダル現象が見えず、溶液の濃度を変えて再実験したりして手間がかかりました。

■「ココは工夫した!」「ココを見てほしい」という点は?


・沈殿ができたかどうかを、チンダル現象を指標にしたこと。
・簡単な方法ながら、溶解度積という大変小さな値が、かなりの精度で求まるということ。

■次はどのようなことを目指していきますか?

過飽和の問題を解決して精度向上を図りたいです。

■ふだんの活動では何をしていますか?

・遊び(?)実験・・・・イベントに役立ちます。アルコール爆発、空き缶つぶし、電池でお絵かき、備長炭電池、オランダの涙(※)など
・天体観望会・・・・主に金曜の夜、午後10時頃まで屋上と天体ドームで星を見ています。
・天文合宿・・・・夏休みに2泊3日の日程でハチ高原(兵庫北部)へ。一晩中星を見ます。
・イベント参加・・・・地元で開催の「青少年のための科学の祭典」に出展しています。


※溶融させたガラスを冷水に落として作られた滴状の物体(オランダの涙/プリンス・ラパートの滴)。頭部はハンマーによる打撃にも耐えられるが、尻尾部を折ると、全体が爆発的に破砕する。[Wikipediaより]

■総文祭に参加して


まさか自分たちが全国まで行けるとは思ってもいなかったので、うれしかったです。どの発表もすばらしくて、私にとってとても刺激になりました。自分たちの研究発表では、これまでで最高の発表ができたと思いました。貴重な経験ができました。

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