(2014年7月取材)
『もし高校野球の女子マネージャーが青森の「イタコ」を呼んだら』。この某ベストセラーのパロディのようなタイトルの作品を引っさげて、東日本大震災の被災地を応援するための公演を行っているのは、青森県立青森中央高校演劇部です。震災から3年、メンバーが卒業で入れ替わっても、公演は続けられています。
この作品は、2012年の総文祭の最優秀賞をはじめ様々な演劇賞を受賞して、大きな反響を呼びました。青森中央高校は、今回2014年のいばらき総文祭でも、別の演目(『翔べ!原子力ロボットむつ』)でしたが、優秀賞を受賞しています。その実力の秘密に迫るべく、神奈川県で行われた『もしイタ』52回目の公演に行ってきました(2014年7月31日@茅ヶ崎市民会館)。
会場に着いたのは、リハーサルの最中でした。黒いTシャツにジャージーのメンバーが舞台を走り回っています。リハーサルからすごい迫力です。バタッと倒れ込むシーンの練習で、腕が舞台の外に出てしまったメンバーもいました!
公演のチラシには、「舞台には一切の舞台装置や置き道具がなく、役者は一切の小道具を用いず、照明・音響効果も使いません。これは被災された土地での上演を想定したもので、つまり体育館や集会所、グラウンドなどある程度の広さのある場所ならば照明設備や音響設備、暗幕などがなくても上演できます。」とあります。
BGMや効果音もないので、大観衆の歓声も、バットがボールを弾き返す音も、不気味に木の葉がざわめく音も、全てメンバーの肉声です。背景も暗転もないから、メンバーの動きや配置、声で場面をすべて表現します。でもそれがすごくシンプルで、いいのです。
リハーサルでは、舞台監督の生徒の細かい指示に、皆が「はい」「はい」と歯切れのよい返事を返します。でも、真剣なのに少しもガチガチではありません。おかしいところや気が付いたことがあれば、中心的な役割の人も、アンサンブルの後ろの方にいる人も、ぱっと平等に意見を言って、平等に受け入れられています。まさに皆で舞台を創っています。
『もしイタ』は、同じ東北で被災した人たちのために何かしたい、という演劇部のメンバーたちの希望から生まれた作品です。2011年9月から、全国13都県52ステージ(今回含む)で上演され、被災地以外の公演の入場料は寄付されています。被災地応援公演として行われたのは、八戸、気仙沼、大船渡、陸前高田、石巻など14の市や町。会場の多くは避難所として使われた体育館や集会所などです。
上演会場へはバスで行きますが、当然被災した町を通るので、がれきの山や家が流されて更地になったところも目にすることになります。メンバーを会場まで運んだバスは、今度は仮設住宅を回って観客を集めてきます。その間に、メンバーは上演会場の掃除。ジャージーと黒Tシャツ、スニーカーという「舞台衣装」は、まさにこのためなのです。
そして「避難所からわざわざ見に来てくれる観客の人達を待たせておくのは申し訳ない」という当時のメンバーの発案で、発声練習やウォーミングアップも見てもらうことにしたそうです。茅ヶ崎の公演もこれから始まりましたが、これがまたすごい! 早口言葉やダンス、柔軟も、みごとにパフォーマンスになっているのです。周りで見ているお年寄りや子ども達が笑顔になって、一緒に体を動かしている光景が目に浮かびました。
本番の舞台が始まりました。被災地の応援のために作られた作品だけど、全然暗くない。むしろ、むちゃくちゃ明るいけど、だからと言ってふざけているわけではない。荒唐無稽なストーリーなのに、高校生だったらどこかで感じたことがあるような、ちくっと痛いエピソードも組み込まれていて、笑いながらドキッとさせられる場面が何回もありました。
何よりも演じているメンバーが皆心底楽しそうで、「誰かのために」なんて押しつけがましさが全くないのです。笑ってもらおう、喜んでもらおうと本気になっている、その思いが観ている私達にぶつかってきました。
最後に全員で歌った高校野球のテーマ曲「栄冠は君に輝く」。甲子園でこれを聴けば、『もしイタ』のラストシーンがよみがえってくるはず。『もしイタ』の公演はこれからも続きます。ぜひ一度、観に行ってみてください。
【もしイタ 公演予定】
2015年7月11日(土)・12日(日) 星野リゾート・青森屋(三沢市/寺山修司演劇祭)
8月5日(水) アリオス小ホール(いわき市)
8月6日(木) 国立オリンピック記念青少年総合センターカルチャー棟小ホール(東京都)
【「もしイタ」あらすじ】(公演チラシより)
4月。青森市にある県立賽河高校。その野球部に女子マネージャー、シオリが入部してきます。彼女は1年生の頃、陸上部に入部しており、やり投げでインターハイに出場したほどの選手でしたが怪我のため現役を断念し、陸上部が廃部になったため、2年生のこの時期に野球部に入部したのです。自分が果たせなかった夢を野球部に託し、情熱を燃やすシオリでしたが、肝心の野球部は部員が8人しかおらず、やる気のかけらもありません。一念発起したシオリは部員勧誘に乗り出し、転校生カズサに目を留めます。カズサは被災地の学校からこの春転校してきたばかりでした。そして、前の学校では野球部に所属していたというのです。「野球は辞めた」と言いはるカズサをなんとか説得したシオリは「今度はちゃんとしたコーチに来て貰おう」と学校に掛け合います。しかしやってきたコーチはなんと、盲目の老婆、イタコでした。「ワの言うことを聞げば絶対甲子園さ行げる」と豪語する老婆。野球部はいったいどうなってしまうのでしょうか?